富士山の麓、
御殿場の
静かな庭にて
こだわりの
手打ち蕎麦を、
四季の風景と
ともに。
庭のある蕎麦処
「遊季庭 かわ嶋」
御殿場の邸宅街にひっそりと佇む、庭のある蕎麦処「遊季庭かわ嶋」。
敷地の奥へと足を進めると、苔むした石畳と凛とした緑が迎えてくれる。
もうひとつの物語が始まります。
日々の喧騒から少し離れ、季節の移ろいと対話するような時間をお過ごしください。
庭という空間
日常から離れた、小さな風景美術館。
限られた空間に、日本庭園の要素を丁寧に織り込みました。石、水、木々、光と影。
すべてが静かに調和し、時間の流れをゆるやかに感じさせます。
四季折々に表情を変える庭は、訪れるたびに異なる景色を見せてくれます。


席と眺め
庭を眺める、それだけで満たされる時間。
店内のすべての席から庭を望むことができます。
春は芽吹き、夏は蝉しぐれ、秋は紅葉、冬は静寂──
目で味わい、耳で楽しみ、心をほどく。
庭のある蕎麦処ならではの、特別な食体験をお楽しみください。


お蕎麦の余韻とともに
お食事のあと、庭をめぐる贅沢。
お蕎麦を召し上がったあとは、日本庭園の散策もお愉しみいただけます。
四季のうつろいを感じながら、ゆるやかな時間をお過ごしください。
ギャラリー









コラム
寛永寺灯籠と日本庭園
庭園内には、大小あわせて約50基以上の石灯籠が点在しています。
なかでも、上野・寛永寺から譲られた歴史的な石灯籠が2基ございます。
これは、江戸時代中期の将軍・徳川家治に由来する特別なものであり、現在もこの地に静かに佇んでいます。


徳川家治は、宝暦10年(1760年)に第十代将軍として就任し、天明6年(1786年)に薨去されました。その遺骸は上野の寛永寺勅額門(現・上野恩賜公園内)近くに葬られ、霊廟には供養のため多くの石灯籠が寄進されました。しかし、明治維新後の上野戦争によって寛永寺一帯は大きく荒廃し、家治の霊廟もその影響を受けました。灯籠の多くが行き場を失う中、いくつかは縁ある寺社や個人の手により保存・移設されたとされています。
この庭園にある2基の灯籠も、そうした経緯を経て移されたもので、今なお歴史の面影を静かに伝えています。これらの灯籠には、家治の戒名「浚明院」や徳川家の家紋「三つ葉葵」、寛永寺の山号「東叡山」などが刻まれており、その由緒を物語っています。


徳川家治は、宝暦10年(1760年)に第十代将軍として就任し、天明6年(1786年)に薨去されました。その遺骸は上野の寛永寺勅額門(現・上野恩賜公園内)近くに葬られ、霊廟には供養のため多くの石灯籠が寄進されました。しかし、明治維新後の上野戦争によって寛永寺一帯は大きく荒廃し、家治の霊廟もその影響を受けました。灯籠の多くが行き場を失う中、いくつかは縁ある寺社や個人の手により保存・移設されたとされています。
この庭園にある2基の灯籠も、そうした経緯を経て移されたもので、今なお歴史の面影を静かに伝えています。これらの灯籠には、家治の戒名「浚明院」や徳川家の家紋「三つ葉葵」、寛永寺の山号「東叡山」などが刻まれており、その由緒を物語っています。

《営業時間》
ご昼食 11:00〜14:00
(ラストオーダー)
※ご予約は承っておりません。
定休日 月曜日・火曜日
※月・火が祝日の場合は営業いたします。
※誠に申し訳ありませんが、
中学生からのご利用に限らせていただきます。
《店舗所在地》
〒412-0045
静岡県御殿場市川島田284-5
駐車場 20台(第二駐車場もご利用可能です)
詳細はご案内地図をご確認ください。
TEL 0550-84-3719































